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【雑学】カブトガニの血は何色?【化学】

私たちが「血」と聞いたときに真っ先に連想する色はだろう。ところが世の中には赤くない血液を有している生物も存在する。今回は生物の血液と、それが担う役割について論じようと思う。

目次:

血=赤色?

擦り傷などで出血した際、出てくるのは赤い血液だ。なぜ赤色かというのはヘモグロビンが含まれているからなのだが、後の議論に関係するので、もう少し深く掘り下げよう。

言うまでもなく、我々は呼吸によって周辺大気から酸素を取り入れている。体内で酸素運搬の役割を担っているのがヘモグロビンなのだが、これは単一の物質を指す名称ではなく、「ヘム」と「グロビン」の集合体のことを指してヘモグロビンと呼んでいる。

ここではヘムの方を取り上げる。これもまた単一の物質を指す名称ではなく、ヘムa、 ヘムb、ヘムcという具合に複数の種類が存在するが、特に断らない場合に「ヘム」と言ったときにはヘムbのことを指す。

ヘムbは以下のような構造をしている。

図1 ヘムbの構造 (出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%A0

普段の業務で低分子を扱っている私のような人間にとっては逃げ出したくなるほど仰々しい構造だが、この構造で見るべきは中央部に鉄が位置しているということだ。この鉄が酸素と結合し、酸素運搬の役割を担っている。

ちなみに、鉄の周囲に存在する窒素を含む環状構造はポルフィリンと呼ばれる。4分子のピロールが組み合わさった形になっており、これを合成するための手法として、ピロールとアルデヒドを酸性条件下で縮合させるローゼムント合成というものがあるようだが、主題から外れるので今回は省略。

図2 ポルフィリン (出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%B3

カブトガニの血は青い!

そろそろ本題であるカブトガニの話をしよう。彼らは我々と違い、ヘモグロビンではなくヘモシアニンという物質が酸素運搬の役割を担っている。そしてヘモシアニンは鉄ではなくを有しており、銅イオンの影響で血液は青色に見える。ただしヘモシアニン自体は無色であり、酸素と結合した(=酸化した)状態でのみ青色に見える。

青色の血液というのはエイリアンのような地球外生命体を想起させるが、実際には生物の血液の色というのはかなり多様で、緑や無色透明という例もあるようだ(下記リンク参照)。

natgeo.nikkeibp.co.jp

カブトガニの血と医療

カブトガニの血は医療の現場においても役立っている。どういうことかというと、カブトガニの血球抽出物はエンドトキシンと反応するとゲル化するという性質が一役買っている。

まずエンドトキシンというのは、グラム陰性菌細胞壁に存在するリポ多糖のことであり、血中に進入すると発熱などの原因になる(http://www.wako-chem.co.jp/lal/lal_knowledge/about_lal.html)。したがって、医療現場で輸液や注射液などを用いる際には、それらにエンドトキシンが含まれていないことを担保しなければならない。それを試験するにあたって先に述べた血球抽出物を用いることで、ゲル化が見られるかどうか、ゲル化の進行具合はどうか、という観点からエンドトキシンの有無および存在量を評価できる

カブトガニ 血液」などで適当に検索すると、一列に並んだカブトガニが一匹当たり数百mL~1L弱の血液を採取されている画像が簡単に見つかる。その後カブトガニは自然界へと放流されるようだが、これだけ大量の血液を採取されて無事であろうはずもなく、10~30%程度は死んでしまうらしい。倫理的に大丈夫なのだろうか、これ。

(2021.06.03追記) エンドトキシンについては、こちら(【生物学】日和見感染症と緑膿菌【感染症】 - どくとる・めも)も併せてご覧ください。

まとめ

カブトガニの血は(酸化を受けると)青い
カブトガニの血球抽出物を用いてエンドトキシンを定性・定量できる。

おまけ: カブトガニと江戸時代

江戸時代の生物画家である毛利梅園は極めて写実的な生物の絵画を遺しており、その中にはカブトガニの絵も含まれている。この画力の高さは現代にもそのまま通じる。

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画: 毛利梅園(出典: http://karapaia.com/archives/52146531.html

その一方、同じく江戸時代に儒学者として名をはせた貝原益軒も「大和本草」の中でカブトガニを描いているのだが、敢えて私自身の感想は述べない。画像左下に描かれているのがカブトガニだ。

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画: 貝原益軒(出典: https://mag.japaaan.com/archives/24556

...まぁ、画家じゃなくて儒学者だからね。