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【物理学】磁力はどこから生まれるのか?【一般科学】

目次

序論

最近は英語関連ばっかりだったので、そろそろScientificなものを書こうと思う。

YouTubeでこんな動画を見かけた。


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時同じくして、Redditでこんなのを見つけた。

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先の動画で磁力によって金属球が加速される様子を見たわけだが、なぜあんな挙動が生まれるのだろう? 考えてみると不思議なものである。

というわけで「磁力はどこから発生するのか」「磁力は何故発生するか」を考察する。

これに際して、Redditのポストの元記事であるWhere does magnetism come from? | Gravity and Levityを拙訳してみる。

ある材料の磁性を予測できるか?

素人考えでは「そんなの簡単だろ」と言いたくなるところだが、実際には磁性の予測は困難である。ある材料が磁性を有するかどうかは、その材料の結晶構造や格子欠陥の有無に大きく依存しており、こうしたパラメータがわずかに変化するだけでも磁性の程度は全く変わってくる。

しかし「磁力はどこから生まれるのか?」という問いには、比較的簡単に解答できる。今回の目的は、その解答とは何なのかを考えることだ。

電子は小さな磁石だ!

全ての物質は原子から構成されていて、その原子は中心にある原子核と周囲を飛び回る電子からなるというのは、もはや言うまでもない(量子力学的な見地からするとこの理解は必ずしも正しくはないのだが、今回はこれについては触れない)。

なぜいきなりこんな話をしたかというと、電子こそが磁性をもたらす存在であるからだ。小学校の理科ではN極とS極を有する長方形の棒磁石が頻繁に登場するが、極小の点である電子もまた、この棒磁石のようなものと考えられる。そして磁石であるからには、その周囲には磁場が形成される。この磁場は1Å(= 10^{-10} m)程度の短距離であれば比較的強いのだが、距離の3乗に反比例してどんどんと弱くなってしまうので、わずか3 nmという距離を隔てるだけでも磁場は事実上ゼロになる。

したがって、そんな極めて矮小な磁場からネオジム磁石のようなものを作り出そうと思ったら、多数の電子を用意する必要がある。具体的には、1Å  \text{m}^3中に1個の電子が有れば、1テスラの磁場を生み出せる。ただしやみくもに電子を集合させればいいというわけではなく、電子の向きを揃える必要がある。先ほど、電子は小さな棒磁石として考えられると述べた。すなわち、全ての電子のN極(またはS極)が同じ方向を向く形で電子を集合させなければならない。

しかし全ての電子が同じ方向を向いているというのはなんとも不自然だ。普通に考えれば北を向く電子、南を向く電子、東を向く電子、西を向く電子など、色々な状態が混在している方が自然に感じられるだろう。すなわちここで次の疑問が生じる。なぜ電子はみな一様に同じ方向を向くのだろう?

スピンが同じ電子どうしは仲が悪い

電子どうしの相互作用を考えよう。電子は負に帯電しているから、2つの電子がある程度の距離以上接近すると斥力が生じ、不安定化する。

この問題、究極的には電子が完全に運動を停止してしまえば解決できそうなものだが、Heisenbergの不確定性原理のためにそうもいかない。すなわち運動を停止するということは電子の位置が正確に決まるということなので、これと引き換えに電子の運動量の不正確さが増大し、電子が極めて大きな速度を有してしまう。

だから電子達は「完全停止」という方策をあきらめたうえで、次善の策を生み出した。その次善の策を人間の言語で表現したのがPauliの排他律である。その主張を以下に示す。

2つの電子は、同一座標で同一スピンを有することはできない。

「スピン」という表現が出て来たが、電子は小さな棒磁石であると同時に、回転(スピン)している球体のようなものともみなせる。スピンの方向には上向き/下向きの二種類がある。これについての詳細はhttp://www.hsrc.hiroshima-u.ac.jp/research/result/14.htmlを参照されたい。

Pauliの排他律で大事なのは「同一座標で」の部分である。この主張は、裏を返せば、「同じスピンを有する電子どうしが衝突することはない」と言い換えられる。衝突する心配が無いから、斥力から生じる反発のエネルギーを節約でき、安定化につながる。このエネルギー節約法は「交換相互作用(exchange interaction)」と呼ばれる。

すなわち、「何故スピンの向きが揃うのか?」という問いに対する答えは、「斥力から生じる反発のエネルギーを節約できて安定化につながるから」となる。

しかし実際にはスピンが異なる電子どうしが存在する場合もあるだろうから、少し定量的な議論をしよう。距離 rだけ離れた二つの電子の存在確率を P(r)とすると、スピンの向きが異なる電子どうしであれば P(r)は定数関数となるが、スピンの向きが同じだと下図のようになる。

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出典; https://gravityandlevity.wordpress.com/2015/04/19/where-does-magnetism-come-from/

スピンが同じ場合と異なる場合、それぞれでエネルギーを比較しようと思ったら、 P(r) V(r)(距離 rだけ離れた二電子の相互作用エネルギー)を乗じて、 r積分すればいい。前者の方がエネルギー的に安定であれば磁性が生まれるというわけだ。

まとめ

結局、以上の議論は、

・電子自身が小さな磁石であり、多数の電子が同じ方向を向くと磁石になる

・同じ方向を向く電子どうしは衝突しないので、反発から生じるエネルギーを節約できて安定化する

の二点に集約される。

しかし、これまでの議論だと安定化の作用しか述べていないから、「だったら世の中のすべての物質は安定化しようとして、スピンの向きを揃えて磁性を有するようになるのでは?」という疑問が出てくる。

実はスピンが同じ電子の組が存在すると、電子の運動エネルギーが増大するというコストが生じる。スピンの向きが同じ2つの電子が同一のエネルギー準位を有することは許容されないので、一方の電子はより高いエネルギー準位にシフトして、高い運動エネルギーを獲得する。よってある物質が磁性を有するかどうかは、コスト(運動エネルギーの増加)とパフォーマンス(相互作用エネルギーの低下)を比較した際に、コストとパフォーマンスのどちらが大きいかという問いに換言される。

ところで、スピンが磁性をもたらすというのはわかったが、じゃあなぜ電子はスピンを有するのかという問いに、これまでの説明では解答できない。

これに対する解答(?)として、件のRedditのポストにつけられていたコメントの一部を引用して終わろう。

Magnets are magnets because they're full of little magnets. The little magnets are little magnets because that is just one of their fundamental properties. One of the reasons magnetism can be so unintuitive is because an explanation really does strike right down to the essential and immutable, instrinsic properties of the most fundamental constituents of nature as we understand it.
(出典: https://www.reddit.com/r/Physics/comments/lyoxyb/where_does_magnetism_come_from/

残念なことに、この問いに対する解答を直観的に説明するのは極めて困難だ。なぜかというと、スピンは「質量」などと同じように極めて根源的な物理量の1つであり、「なぜ電子はスピンを有するのか」という問いは「なぜ質量は存在するのか」と同じくらい哲学的な問いになってしまうからだ。

なぜ?を追及する姿勢が自然科学の原動力の一つであることは論を待たないが、その原動力も行くところまで行くと限界に突き当たってしまうのである。