【数学】逆関数の話(逆関数の連続性、微分法)
はじめに
大学初年時の微積では、高校時代に慣れ親しんだ三角関数に対する逆関数として、逆三角関数 といったキャラクターが登場し、これらが関係する計算を行う上で(個人的に)最もよく用いるのは以下に示す逆関数の微分公式である。これさえ覚えておけば、逆三角関数に関係する公式の暗記量をかなり削減できる。
尤も、その場で導出するのは多少なりとも時間を消費するので、期末試験などには公式を暗記した状態で臨む方が良いとは思うが...
簡単な例で実際に考えてみよう。という関数に対して、その逆関数であるを考えることができる。ただしは周期関数なので、これをが一対一とするためには括弧内のように定義域を制限しないといけない。
さて、なる関数をで微分したいとなったとき、どうすればいいだろうか? 無論、先の微分公式を使う。の微分法はわからなくとも、の微分は容易である。
ということはなので、これをについて微分すると
となる。さきほども触れた定義域の件が、ここで効いてくる。を考えるためには定義域をに制限せねばならず、そうするとは負の値はとれない。だからこのような変形ができるのだ。そして、 を求まったから、あとはこれの逆数を取れば
となり、めでたく当初の目的を達成できた。めでたしめでたし、と言いたいところだが、今回の主題は冒頭で述べた逆関数の微分公式の証明である。 なんて、演算子たる微分を分数と同一視していて、(高校数学の範囲ではその理解でいいのだとしても)なんだか気にくわない。気にくわないのは私だけかもしれないが、ともかくこの主題に対して、もう少し数学的に厳密な証明を与えてみようと思う。
逆関数が存在するための条件
しかしこの証明を考えるためには、逆関数に対する予備知識をいろいろと身につけねばならない。多少長い道のりになるだろうが、お付き合い願いたい。
まず、以下の定理を学ぼう。
まぁ、確かに直感的にはそんな感じもする。単調増加または単調減少でない関数を相手にすると、定義域内のある値を取りうるが2つ以上存在しそうな気がするからだ。しかし、これに対しても厳密な証明を考えよう。
「狭義単調増加または狭義単調減少ならば逆関数が存在する」というのは当たり前だ。そういう関数の定義域内で任意の2点を考えると、狭義単調増加/減少なのだから、をどのように選んでも必ずとなる。すなわちは一対一だから、逆関数を考えることができる。
問題なのは、「逆関数が存在するならば元の関数は狭義単調増加/減少である」の証明だ。まず、逆関数の存在を仮定しているのだから、やはりは一対一であり必ずとなる。
ここで、定義域内のさらに別の点を考えてみよう。色々な取り方が考えられるが、という制約のもとであれば、(1), (2), (3)の3パターンに大別できる。
また、ひとまずの仮定としてだとしよう。なぜこのような仮定を?という疑問が生じるが、これはが狭義単調増加であることを示すための布石である。後の方で取り上げるが、もしこの仮定をとすれば、狭義単調減少であることの証明となる。
まずは、(1)に注目する。の取りうる値としては、
- (1-1)
- (1-2)
- (1-3)
に大別できる。は一対一だから、等号は不要である。
(1-1)は狭義単調増加である。しかし(1-2)については、中間値の定理よりが存在してしまい、が一対一であることに矛盾する。よって、このケースは排除しよう。
図解すると、このような感じ(グラフはhttps://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/kiyono/12_kuwa-03.pdfより引用させていただきました)。グラフ中のをに読み替えていただきたい。
(1-3)についても同様で、中間値の定理よりなるが存在してしまい、が一対一であることに矛盾する。
そのほかのパターンである(2), (3)についても同様に考えよう。すなわち、
(2)
- (2-1)なるが存在して矛盾
- (2-2) 単調増加なので問題なし
- (2-3)なるが存在して矛盾
(3)
- (3-1)なるが存在して矛盾,
- (3-2)なるが存在して矛盾,
- (3-3) 単調増加なので問題なし
という具合に場合分けができる。先ほどのグラフのように、実際に作図してみるのが一番わかりやすいだろう。
中間値の定理
(この定理の証明だけでかなり紙面を使うので、興味がない人は次節にジャンプしてください)
また道がそれて申し訳ないが、先ほど出てきた中間値の定理とはどういうものだっただろうか? 確認しよう。
区間]で連続な実関数についてであるとき、またはなるの任意に対して、を満たす]が少なくとも一つ存在する。
では、この定理に対しても証明を与えてみる。この証明では以下の前提を用いる。
- 有界で単調増加な数列は収束する
- が連続関数で、ならば
- はさみうちの原理
まずは、無限数列を次のように定義する。こうして定義した数列がをみたすに収束することを示すのが証明の主な流れとなる(この証明手法は区間縮小法と呼ばれている)。
- とする。ならばとする。
- 一方、ならばとする。
の場合との場合とがあるが、ひとまず前者に対する証明を考える。後者の証明も、以下に示す議論を同様に展開していけばいい。
このとき、すべての自然数について、が成立する。これは後々登場するので、頭の片隅に入れておいてほしい。
まずは最も単純なの場合から、実際に考えてみよう(の時は明らかに成り立っている。はと同じことを指している)。先の定義より、であるから、
- ならば よって であり、前提条件としてなるを考えていたのだから、が示せた。
- ならば よってであり、だからが示せた。
2つのケースをまとめると、との大小関係にかかわらず、であることが示せた。
さて、帰納法なのでのケースも検討しよう。すでには文字として使ってしまっているので、代わりにを使うことに。が任意の自然数について成立すると仮定しよう。およびの値はのに対する大小関係で決定される。
- であり、まただから、が任意の自然数について成立するならばもまた成立する
- であり、まただから、が任意の自然数について成立するならばもまた成立する。
要は無限数列, およびの条件設定が重要であり、帰納法による証明自体は大したことはしていない。
また、は単調増加な数列となり、は単調減少な数列となる。なぜかというとは明らかで、は値が変わらないか増加するかしかあり得ないためである。同様に、は値が変わらないか減少するかしかあり得ない。
すなわち、これらの2数列は有界な単調数列であり、有界な単調数列は収束する。(時すでに遅しという感もあるが)あまりにもエントリが長ったらしくなってしまうので、この証明は別の機会にまわそう。ともかく各数列の収束先が
であるとしよう。しかしなどと分けてみたものの、実は両者の値は等しい。これを示すために、を考えてみる。これはのに対する大小関係に関係なく、常に一意に決まる。実際に求めてみると、
確かにどちらのケースであっても、結局得られる答えは一緒だ。すなわち
換言すると、
これをと繰り返すことで最終的に
が得られる。したがって、
確かにとは等しかった。ここでとしよう。
しかし、そもそもの前提として]だった。の値がそんな限られた範囲内に収まるとしてもよいのか?という疑問が一瞬頭をよぎるが、こういう風に考えてみよう。は初期値から始まる単調増加数列で、より大きな値は取らない。逆に、は初期値から始まる単調減少数列で、より小さな値は取れない。そしてなのだから、もも]の範囲内に収まらざるを得ないのだ。
そして、実はが成り立っている。先ほど我々は、すべての自然数について、が成立することを証明した。この不等式に対してはさみうちの原理を適用してみる。
不等式の両端が一意の値に収束することから、はさみうちの原理より、
しつこいようだが]である。大変に長い道のりであったが、これで中間値の定理を証明できた。
逆関数の連続性
さて、次に関数が連続であるならばその逆関数もまた連続であるということを証明しよう。これまた直感的には当たり前なのだが、こういうところもちゃんと証明できないと納得できない性分なのでご容赦願いたい。
そして、この主張が成り立てば、いよいよ本題である逆関数の微分公式を論じることができるようになる。
ある関数の連続性を考えるわけだから、ε-δ論法を使おう。関数の定義域を区間として、その際の値域をだとしよう。すなわちはを定義域としてを値域とする関数と言える。
示したいのは、区間の中の任意のを考えた時に、任意の正の実数に対して、以下を満たすある正の実数が存在することだ。
]
逆関数を対象にしているせいで多少仰々しい見た目になっているが、書いてあること自体はいたって普通のε-δ論法だ。
区間の中の任意のを写像によってに写されるとしよう。すなわちであり、 だ。
次に、以下のような区間を考える。
普通はごく小さな値を考えるのでは自動的にに収まりそうなイメージがあるが、実際にはは任意の正の実数なので、からはみ出てしまうことも想定される。そういう場合には、はみ出した分はカットしてとオーバーラップする区間のみを対象にする。この区間はを含んでおり、また二つの正の実数を考えれば、となる。
少し抽象的なので、具体例を考えよう。今、関数に対してだとする。すなわちの定義域はであり、これに対する値域はである。だから、となる。実際には開区間を対象としているからをこんなにはっきりとは指定できないのだが、まぁイメージとしてそういうもんだということである。
ここでなるを考える。この時、でを満たすものはとなる。そして、このようなに対してはである。だから、言い換えれば、が成り立っている。よって、
が示せた。このあたりは抽象度が高いので、先に挙げたなどの具体的な関数を用いてグラフを書いたり数直線を書いたりすれば、イメージが湧きやすくなる。当たり前だが単調関数を具体例として用いないとそもそも逆関数を論じることができない。
逆関数の微分公式の証明
さて、やっと本題に入れる。これだけ色々なことを論じたのだが、肝心の本題はわりと短めだったりする。
微分可能な関数の逆関数を考え、定義域内の適当なに対してが成り立つものとする。
は微分可能であるから連続であり、したがってもまた連続となる。ここでとすると、のときである。そして逆関数を考える以上、なので、
定義域内の任意のに対してこの議論が適用できるなら、これは導関数で表して一般化することができる。