どくとる・めも

化学、数学、プログラミング、英語などに関する諸々

【化学】Dean-Stark装置を使って水分を系外に除去しよう

先日は某学会に参加した。例のウイルスのせいでオンライン開催だ。

そこで聴講した発表の一つに、Dean-Stark装置を用いたのちにGC-MS分析を行っている事例があった。思えば名前はよく耳にするが、実際使ったことがないので、どういう装置なのかあまり知らない。ということで勉強だ。

保存したはずのdraftがなぜか消えてしまったので、このエントリについては、泣く泣く最初から書き直している。合掌。

装置の外観

Dean-Stark装置は、一般に以下のような外観をしている。なお、下記画像はWikipediaからの引用だ(出典: Dean–Stark apparatus - Wikipedia)。

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図1. Dean-Stark装置

装置を用いる目的

表題にもある通りだが、Dean-Stark装置を用いる最大の目的は、系中の水分を系外へと除去することというのを念頭においた上で、以下の論を読み進めていただきたい(これは推測だが、冒頭で述べた研究発表で本装置を使っていたのは、おそらくGC-MSに試料をinjectionする際の前処理として脱水をしておきたかったということだろう)。図中の丸底フラスコ(1, 2)では、Fischer-エステル合成反応のように、目的物とともに水が生成する系を考えることとする。当然、反応が進行するにつれて系の水の量が増加するから、反応の平衡は始原系側に偏ってしまう。

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図2. Fischer-エステル合成反応

そこで生成する水を除去することで、反応の平衡を生成系側に偏らせ、目的物の収量向上を図ろう。そのためには、先ほどの丸底フラスコ内で用いる反応溶媒を、うまく選んである必要がある。うまく選ぶ、というのは


1. 水と共沸すること

2. 水と混和しないこと

3. 水よりも密度が低いこと


上記の3条件を満たすように選ぶ、ということだ。ただし3.についてのみは注意が必要で、英語版Wikipediaを見ていると、水よりも密度が高い溶媒であっても全く不可能というわけではないようだ。だいたいの有機溶媒は水よりも低密度なので、あまり神経質にならなくてもいいかもしれない。以降の記述においても、水よりも低密度な溶媒を考える。

装置による水分除去の流れ

さきほどの3点に基づいて選んだ溶媒を反応溶媒として、丸底フラスコを加熱する。すると当然、溶媒と水は蒸発し、冷却管(図中7)にて再び凝縮し、直管(図中8)に滴下する。図には描かれていないが、直管には枝が生えてる高さまで、溶媒をなみなみと満たしておく。こうすると、凝縮した溶媒および水が滴下した際に、溢れ出た溶媒が枝を通じて再び丸底フラスコ内へと戻される、という仕組みになっている。だから水と混和しない溶媒にする必要があったのだ。
ものぐさな私は一連の流れを図解するのが面倒だから、詳細はこちらの図をご覧いただきたい。

yuuki-gousei.com

共沸

本装置を論じる上での重要な概念の一つが「共沸」だ。これは有名な話だが、アルコール度数が96度を超えるような酒類は原理的に製造不可能だ。なぜか?その理由は、共沸を考えることでわかる。
実際にはエステル類などの香気成分が含まれているだろうが、この際これらは無視して、酒類というのは水とエタノールの混合物だと考えよう。
水の沸点が100°Cであるのに対して、エタノールのそれは78°Cだ。この混合物を加熱すると、当然エタノールの方が優先的に蒸発するだろう。とはいえ、水もまったく蒸発しないということはないだろうから、得られる蒸気の組成はエタノール>水となっていると予想するのは自然な流れだ。すなわち、蒸発前の液相と蒸発後の気相を比較した際、後者の方がエタノール濃度が高い。

この蒸気を冷却すると、よりエタノール濃度が高い混合液が得られる。これを繰り返せばエタノールの濃度をどんどんと上げることができ、やがては純粋なエタノールになる...と思いきや、冒頭で示したようにそうはならない。

なぜかというと、先ほどの「得られる蒸気の組成はエタノール>水となっている」という前提が、ある時点で崩れるからだ。水とエタノールの場合は、エタノール濃度が96%に達した時にこの前提が崩れる。すなわち、このような混合液を加熱しても、液相と気相で濃度が変わらなくなってしまう。だから、得られる蒸気を冷却して再加熱、という過程を何度繰り返しても、エタノール濃度はずっと96%のまま変化しない。無間地獄だ。
この話に関しては、こちらのpdfが大変参考になった。(http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12000/21048/1/No127p06.pdf




ただし、Dean-Stark装置の場合はそもそも水と混和しないものを溶媒として選ぶのだった。ということは、図の右側の直管内はちょうど液液抽出の際の分液漏斗のような形になり、下層に水、上層に有機溶媒がくる。下層の水は、コックを開いて捨ててやればいい。こうすると、フラスコ内の水分をどんどん除去できる。本装置において水と共沸する溶媒を選ばなければいけない理由は、溶媒のみが一方的に蒸発してしまうと、水分は丸底フラスコ内にいつまでも留まってしまって除去できないからダメだ、ということであろう。

まとめ

Dean-Stark装置は、反応系中の水分を除去するための装置であり、その動作原理は蒸留・共沸をベースとしている。これにより、Fischer-エステル合成反応のように副生成物として水が生成する反応において、平衡を生成系側に偏らせ、収量の向上を図ることができる。

余談

これまでは計算化学やPythonなどの現代的なエントリを書いてきたが、今回は極めて古典的な手法を扱った。ただし、古典がダメで最新が良いということでは当然ないし、実際に体を動かして実験するとなると、古典的な手法の方がけっこう楽しいものだ。TLCプレートにスポッティングしてUVを当てる時とか、いかにもケミストリーな感じがしてワクワクするよね。
途中でエタノールの話が出てきたが、私はジン系のカクテルと赤ワインを好む。尤も、ふだん自宅では飲まない機会飲酒型の人間だから、昨今のこの状況では本当に一滴たりとも飲酒していない。「酒は百薬の長」と言われるけども、その真偽のほどは如何に...